「そのヘッドホンでよくミックスできるよなぁ……。ある意味スゲーよ」
プロの制作現場にいる人から、そんなことを言われたことがあります。
当時使っていたのは、5000円ほどの量販店で買ったヘッドホン。
5000円でも「高い」と思っていた僕は、ミックスは外部スピーカーでするのが当然だと思っていて、ヘッドホンは代わり程度。変えれば良くなるという発想自体がありませんでした……(汗)。
だから、性能のこと?それとも「このヘッドホンでミックスしてることがスゲー」っていう意味なのか、一瞬固まったのを覚えています。
ただ、相手の意図をどう捉えるかよりも、当時の僕にはもっと根本的な悩みがありました。
それは、楽曲制作に没頭するあまり、長時間のヘッドホン装着で耳が激しく痛むことでした。
「高いヘッドホンを買えば解決するのか?」とぼんやり考えるだけで、いつしか「ヘッドホンってそういうもんだ」と思い込むようになっていました。
DTMをやってる人なら、この耳の痛みに覚えがあるはずです。
僕はまさにその一人で、長年、解決できると知らずに苦しんでいました。
だからこの記事は、耳が痛くなるのが嫌で、制作に向かう手が止まってしまう人に向けて書いています。
3ヶ月かけて探し続け、ようやく行き着いたのが、痛みを気にせず制作に没入できる6万円台のヘッドホン。
装着した瞬間の驚きから、制作への期待が膨らむまで、その実体験をお伝えします。
まずは、きっかけから。
当時使っていた5000円のヘッドホンが寿命を迎え、音楽仲間に勧められて知ったのが「業界標準」と呼ばれるモニターヘッドホン、SONYのMDR-CD900ST(赤帯)や、MDR-7506(青帯)でした。
僕は、海外EDM界隈で憧れのアーティストが使っているという理由だけでMDR-7506(青帯は海外で有名)を購入。
もしや、耳の痛みともおさらばできるかも……なんて期待しつつ、当時価格で1万円台前半。
「ヘッドホンごときにこんな大金……」と渋々買った記憶があります。
後に、MDR-CD900ST(赤帯は日本で有名)も、同じく1万円台前半で購入しました。
ちなみに今はMDR-CD900STの定価だけでも24,860円(税込)まで値上がりしています。
「業界標準」を使っても、ミックスも耳の痛みも解決しなかった
過去のヘッドホンと比べると、音の解像度の違いはめちゃくちゃハッキリ感じました。
「これでミックスも上手くなるはず」と思ったものの、現実は甘くなかったです。
ヘッドホンで低音・高音のバランスを整えたつもりでも、いざスピーカーで聴くと低音が出すぎてたり、高音が物足りなかったり。
曲によって仕上がりがバラバラで、基準が定まらない。
さらに、耳の痛みとの戦いも終わりませんでした。
MDR-CD900STは軽くて扱いやすい反面、イヤーパッドが薄すぎて耳の形に合わず、30分もミキシングすると耳の上の骨がじわじわ痛くなってきます。
昼間は外部スピーカーで済みますが、音楽制作が捗る深夜はヘッドホン一択。
だからこそ手放せないのに、使うほど耳が痛くなって集中が切れる。
なぜ「定番」でも耳が痛くなるのか
定番でも痛む理由は単純で、薄いパッド、形状、強い側圧で耳を圧迫するからでした。
僕が使っていたのは、耳の穴に差し込むインイヤー型と、耳の上に乗せるオンイヤー型だけ。
耳全体を覆うオーバーイヤー型は、高そうで検討にすら入れていませんでした。
転機は、音楽仲間から借りたBOSEのワイヤレスヘッドホン(リスニング用、価格は6万円くらい)でした。
装着した瞬間、「あれ、痛くない」と驚きました。
これがまさにオーバーイヤー型で、こんな世界があったのかと衝撃でした。
「長時間のミックス作業を、快適にできるかもしれない」。
そこから、ミックスに使えるオーバーイヤーのモニターヘッドホン探しが始まりました。
3ヶ月かけてわかった、解像度と快適性は両立しにくいという現実
実際、耳に優しくて僕の好みに合う一台を見つけるのは、想像以上に難しかった。
つけ心地が一番良かったのは、10万円を軽く超える金属筐体の重量級。
耳には優しくても、今度は肩こりや首こりが心配になる重さでした。
かといって、解像度が高いと評判のモデルやお店で勧められたモデルは、軒並み側圧が強くて耳が痛い。
おまけに僕はメガネをかけるので、こめかみの圧迫まで気になる始末。
さらに、ヘッドホンごとに音の傾向が違い、装着感が良さそうでも店員さんに聞くとEDMの重低音向きではない……なんてこともよくありました。
大事なのは、原音に忠実な音と、耳が痛くならないこと。
この両立です。
YouTube、家電量販店での聴き比べ、DTM専門店での相談を重ね、気がつけば3ヶ月が経っていました。
そこで判断基準を次の3つに定めました。
①音の解像度
②長時間でも痛くならず重すぎないこと
③高すぎず安すぎない価格
低音が命のEDM系が中心なので、絞り込むと候補はAKG・SONY・オーディオテクニカ・ゼンハイザーの4社に。
| メーカー(モデル) | 装着感 | 解像度 | 重さ | 価格帯 | 一番の売り |
|---|---|---|---|---|---|
| AKG(K712 PRO) | 良い | ややマイルド、低音が少しこもる | 235g | 5万円台 | 装着感 |
| オーディオテクニカ(Rシリーズ) | 普通 | AKGと大差なし | 200g前後 | 2〜5万円台 | 軽さ |
| SONY(MDR-M1) | 可もなく不可もなく | ピンとこない | 216g | 4万円台 | 安心感 |
| ゼンハイザー(HD 480/490 PRO) | 良い | 音の姿形まで見える | 260〜272g | 6万円台 | 総合力 |
ゼンハイザー以外は、どれも一長一短でした。
AKGは、値段の割に一番耳が痛くないと感じたものの、僕の頭の形には合わず、解像度も今ひとつ。
オーディオテクニカは、軽さでは群を抜いているものの、耳へのフィット感が今ひとつで、解像度もAKGと大差なし。
ゼンハイザーより予算を抑えようとすると、「装着感・解像度・重さ」のどれかが崩れ、バランスのとれた一台にはどうしても出会えませんでした。
だんだん面倒になり、「だったら無難にSONYにしておくか……」と思いかけましたが、「いや、SONYはもう卒業でいいかな」と、ここは腹をくくることに。
その勢いで、店員さんにも「なんで耳が痛くなるモデルばかりなんでしょうね」とぼやいてみたら、「実は僕も同じ場所が痛くて……わかります。」と苦笑い。
同じ痛みを共感できたことに、ちょっとだけ救われた気がしました。
いよいよ、肝心のゼンハイザー。
これが桁違いでした!
実物に触れ、おそるおそる耳に装着してみると、「あっ、当たらない」とまずはほっと一安心。
試聴用の曲を再生すると、「うわっ、あの音はここに居るのか」と、音の姿形がちゃんと見える!素直に感動しました。
重さも許容範囲。
これなら長時間の楽曲制作もはかどりそうだと、期待が膨らみました。
そして最後は価格。
調べてみると、性能と価格帯のレンジは、3〜6万円台が中級、7万円を超えると上級クラスという位置づけでした。
ゼンハイザーは中級クラスの価格帯ながら、上級レベルの解像度を実現していて、装着感も快適。
もう、これしかないかも。
「仕事で使うんだから、これは贅沢な買い物じゃない」。
そう自分に言い聞かせて、ゼンハイザーに決めました。
HD 480 PROとHD 490 PRO、最後まで迷った理由
ゼンハイザーと一口に言っても、ラインナップの中には密閉型のHD 480 PROと、開放型のHD 490 PRO、性格の異なる2つのタイプがありました。
残る問題は、このどちらにするかでした。
| メリット | デメリット | |
|---|---|---|
| 開放型 | 高音の広がりが良く、解像度も高め・通気性が良く快適 | 低音控えめ・音漏れは音量差によるが、密閉型よりやや多め |
| 密閉型 | 遮音性が高い・低音の位置がクリアに見える | 快適さ・抜けの良さは、開放型がわずかに上 |
調べると、低音重視の楽曲制作には密閉型のHD 480 PRO、それ以外のジャンルには開放型のHD 490 PROが向く、という情報を得ました。
実際に店頭で両方を聴き比べると、たしかにHD 490 PROは音の抜けが気持ちよく、長時間でも疲れなさそうな軽やかさを感じました。
一方でHD 480 PROは低音の芯がしっかり残っていて、EDMのキックやベースを確認する作業にはこっちの方が合うと直感できました。
価格差は数千円。
音も装着感もほぼ互角で、重さの差もわずか12g。
さらに、メガネユーザーには嬉しい誤算もありました。
どちらのモデルも、イヤーパッドにメガネのツルを逃がす溝があり、圧迫感をやわらげてくれる仕様。
正直、かなり迷いましたが、最後の決め手は、ジャンルとイヤーパッドでした。
HD 490 PROには、素材の違うミックス用と制作用の2種類が付属しています。
選択肢が増えて、何が正解かわからなくなるかも……と不安になりました。
一方のHD 480 PROは、パッドが1種類だけ。
そのパッドを信じて使い続けるだけなので、迷うことも付け替える手間もありません。
EDM向けでもあり、余計なことを気にせず制作に集中できると感じ、僕は68,600円(税込)のHD 480 PROを購入しました。
実際に購入して使っている今、低域の鳴り方には確かな安定感があります。
モコモコしがちな低音群も聞き分けられるようになり、楽曲全体の重心が定まって、ボトムエンドまで見通せるミックスができるようになりました。
ヘッドホンとスピーカーを行き来しても、以前みたいなバラつきが減って、「あれ、聴きやすくなってる」と体感もできる。
開放型か密閉型か、選ぶときの分かれ道
開放型は高音が気持ちよく鳴る一方、低音が控えめに聴こえるぶん、その差を頭で補正しながらミックスすることになります。
密閉型は、聴こえた低音のまま外部スピーカーとの違和感も少なく、補正を考えなくて済みます。
鳴り方の好みも、密閉型でした。
それでも差はわずかなので、結局は、作りたいジャンルに合わせて選ぶのが一番だと思っています。
低音重視の曲を作るなら、迷わずHD 480 PROのような、耳が痛くならない密閉型をおすすめします。
音漏れがほとんどないので、ボーカル録りでもマイクに拾われず、周りに気を使う場面でも安心して使えます。
5000円のヘッドホンを「高い」と思っていた僕が、6万円台にたどり着いて変わったこと
以前の僕は、ヘッドホンにお金をかけたくない人間でした。
冒頭で紹介した、プロに言われたあの一言。
当時はその意味の重さに気づけず、なかなか重い腰は上がりませんでした。
それが今では、6万円台のヘッドホンを選ぶようになりました。
痛みというストレスが大きく減り、以前は30分で痛くなってたのが、今では4時間は余裕で集中できます。
ちなみに、贅沢が許されるなら、次は開放型のHD 490 PROも揃えたいと思ってます。
お値段、プラス6万円強……。おいおい(笑)
ヘッドホンを変えてから、作業に取り掛かるときの気持ちの重さも明らかに変わりました。
耳が痛くならないという安心があるだけで、ヘッドホンに手を伸ばし、すぐさま作業に没入できるようになったからです。
平日は、ジムから帰った後でも、耳の痛みを我慢する必要がないので21時頃から2時間ほどサクッと作業に向き合えます。
制作途中の曲を見直したり、「この音の厚みの正体は何だろう」と音の構成が聴き分けられるようになったのが探求心をより強くしてくれました。
さらに、土日に仕上げなどで6時間ほど作業を詰め込んでも、肩こりや疲労はそれほど残りません。
そうやって、「耳が痛くなるのが嫌だな」という無意識のブレーキが消えたことで、制作に向かう気持ちがまったく別物になりました。
納得のいくオリジナル曲を揃えて、昔の仲間とふたたびステージに立つ!
そのために手を止めず、どこまでも音を突き詰めていくための頼れる相棒に、ようやく出会えた感覚です。
今ならわかります。
あの一言は、「その環境でここまでできるなら、道具を変えれば、もっと伸びる」という意味だったんだと思います。
ミックスの精度が上がらなかったのは、僕の腕だけの問題ではなく、道具の性能が限界だったから。
道具にお金をかけることは、出費ではなく、効率を上げる投資でした。
同じ時間、同じ労力で、得られる効果は倍以上。
今は、そう実感しています。
それが、僕が6万円台のヘッドホンに行き着いた理由です。
耳の痛みを我慢しながら使っているなら、解像度も大事ですが、制作ジャンルや装着感、そして重さまで含めて選んでみてください。
試聴では、少し長めにつけて痛みが出ないか確認してみてください。
メガネを使う人は、かけたまま試すのがおすすめです。
ストレスを取り除き、時間を忘れて音づくりに向き合える、頼れる相棒に、あなたも出会えますように。